今年は、建築家アントニオ・ガウディの没後100年だそうで。
自分の存命中には完成しないとわかっていながら建築を進め、ほんとうに未だに建築中、と聞いて驚いたのはいつだったろう。
わざわざスペインに行ってまで、見たいとは思ったことがない。
でも、東京で片鱗にでも触れられるなら、ちょっと見てくるか。
たまたま、広告をスマホで見たので早割が利いたのが、一番の動機。ああ、情けない。
という程度なので、感想は「まあ、面白かった」ぐらい。
年を取ると、あんまり簡単に感動しなくなっちゃうねえ。
印象に残ったのは、モザイクが美しいこと。
それまで廃棄されていたガラスの破片を、彼は使ったのねえ。
鎖をぶらさげて作った放物線を、上下ひっくり返して建物の輪郭にする、その原理の模型が面白いよ。
自分でコンピュータ上でも作れるし、空中にマグネットでぶら下がってる鎖を自分で動かすのもあった。
建築費用はすべて寄付によるとは知らなかった。
スペイン内乱で、設計図や模型が失われたのも。それを復元したのは現代のコンピュータ科学、これはすごい。
平日のお昼どき、1月10日が会期が始まってそう経ってない、でも混んでて見にくいブースも少しあった。
一番強い印象は何かというと。
アクセスがかなり難しかった、というのがこれまた情けない。
当然、検索するわねえ。
「寺田倉庫は都内にたくさんあるので『寺田倉庫G1』で検索するように」とあったけど。
最寄り駅がいくつか示されただけで、駅から倉庫までは「道が開けているのですぐわかる」しか見つからない!
そんなアクセス案内って、あり!?
よっっっぽど、わかりやすいんだな!?本当だな!?
と、ちょっと(かなり)疑いながらモノレールを降り。
一応、駅の行き先案内板には「寺田倉庫↓」とあるけど。
↓が、このまままっすぐという意味なのか、階下へ降りろというのか。
降りたらもう、案内は一切ないし。
実は、スマホを忘れてっちゃったのよ。
家を出て3分後に気づいたけど、戻るのがめんどくさかったの。
付近で働く人たちに、迷子と悟られないよう、ずんずんと歩いたが、やっぱり反対方向だった。
やっと、「ガウディ展」の大きな表示が壁いっぱいについている建物を見つけて、入ろうとしたが
「ガウディ展の入り口はこちらではありません」だって。
戸惑ってても、警備員さんは知らんぷりだし。
歩き回って、もう不機嫌丸出しで入場して、2階までは階段。なんだか裏階段、非常口か?ほんとにこの階段でいいの?
2階から乗るエレベータの前には案内のお姉さんがいて「5階までお上がりください」という。
ああ、上野の博物館も、最上階から降りてくる進路だったな。ここもそうか?
「5階から観始めるんですね?」と聞いたら「5階が、展示なんです」と日本語が変だけど明らかに日本人。
誤解してちょっと恥ずかしかったけど、「そうなんですね~」と言ってるうちに楽しくなってきた。
エレベータの中にもお姉さんがいる。
エレベータの中の壁が、銅板のような色合いで、ゴテゴテと模様が付けてある。
これ、ガウディ展のためにこうしたんじゃないよね?
「普段からこういう壁なんですか」とお姉さんに聞いてみたら「よく言われます~」と、すごくうれしそうにはにかむのがカワイイ!
ガウディっぽいですよね、そうですね、と言い合った。
お二人のお姉さんのおかげで、すっかり機嫌をなおしたよ。
帰り道、エレベータが2階までしかないのを忘れてて、降りる階段を思い出すのがちょっと時間がかかった。
ようやく倉庫を出たら、さっきの警備員さんたちが一生懸命案内してたよ。
「ガウディ展はこちらでーす!」って、なんであたしの時には一人も言ってくれなかったの。
そして、モノレールに乗ったのが久しぶりでうれしかったな。
30年近く前だったろうか、年末に集金に来てくれた取引先に弊社カレンダーを渡すのを忘れてね。
部署の後輩男子と一緒に、天王洲アイルにあるその会社まで行って、年末のご挨拶をしたことがあったよ。
それ以来だ。
ガウディ展に行った感想が、こんなことでいいのか。
ほんとうに、あたしってガウディに興味なかったんだな・・・・・・
そして、ブロガーたるもの、お出かけにスマホを忘れてはいけないって思い知ったわ。
本日のオマケ

スキレットの中はぐちゃぐちゃだけど、塩サバを焼いたのよ。茹でたジャガイモと、ドライトマトと玉ねぎを一緒に入れたらこの通り。一応、有元葉子さんのレシピなんだけど、ドライトマトは自家製のセミドライでなきゃいけなかった。

パスタは長ねぎと生ハム。片岡護さんのレシピだと九条ねぎなんだけど、普通の白ねぎと青ねぎで作ったからオシャレじゃないのかしらん。「パセリ少々」を、つい「大々」にしたのも敗因だな。

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