ドケチからの脱却

自分がケチだと気づいたのは、たぶん、小学生の頃。

そのころ我が家は公団住宅から建売住宅へ引っ越し、中流といえる暮らしだったが。
「子どもにお金なんか持たせるものじゃない」という教育信念の親は、必要なものは何でも買い与えるが、小遣いというものは1円もくれなかった。もちろん財布も。
たまに訪れる遠い親戚は、生活保護を受けるほどビンボーだったけど、なぜか私に可愛い財布をくれた。
赤いフェルトにビーズの小花が刺繍してあって、赤は嫌いなのにそれはそれは気に入って使っていた。

中身は、お年玉。もちろん親ではなく、正月に親戚がくれたもの。
中にはお金持ちの親戚もいて、当時で1万円もくれる人が一人いた。
親は巻き上げることはしなかったが、銀行口座を作ってくれ、少額だけ残してあとは預金させた。

その少額で、「こどもや」に行き、女の子の間で流行していた「千代紙」を買うのである。
ぺらっぺらの片面印刷10cm角ほど、一色刷りだけどいろいろな柄を集めるのが楽しい。
1枚ずつ、友達と交換して種類を集めていた。

ローセキ(たぶん蝋石?)とかスーパーボールも、10円だったけど一大決心で買ったものである。
大きいスーパーボールは20円で、清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った。
大きいと跳ね返りも見事なもので、うん、楽しかったから元が取れたわい。

それなのに同級生は。70円も出して、少女漫画を買うのである。
信じられん!
うちは小学館の学習雑誌は買ってくれたから、それに載っているバレエ漫画なんかは楽しく読んでいたけど。
漫画の話をすると嚙み合わない。今でも「一条ゆかり」とか「土田よしこ」とか漫画家の名前は憧れとともに思い出す。

おっと。昭和の世界に浸りたかったわけじゃない。
中学に進み、仲良しグループの中で、あるとき「お互いのいいところと悪いところを言ってみよう」ということになり。

あたしの悪いところは「ケチなこと」
うん。笑って認めるしかない。

しかし。いいところは?「ケチなこと」
えー。
「ケチじゃなきゃよはねすじゃないよ」
はい。ケチがあたしのアイデンティティの全てなのね。

就職して、自由にお金が使えるようになったのに、この根性だけは全く治らない。
就職難の当時はコネ入社しか採用されず、周りはみんな社長の娘とか大学教授の娘とか、お嬢さまばかり。
あたしだけ、両親がいた会社というコネだから、ごくごく庶民サラリーマン家庭、しかも小学生時代に没落したと言ってもいい。

漫画どころじゃない。一切、なんの話も噛み合わない。同僚は「ピンクハウス」だの「ティエリーミュグレー」などブランドの話をするけど、あたしには聞き取ることさえできない。あたしは母が縫ってくれたワンピースなんか着て通勤してたもんね。
部長が心配して「ブラウス買ってあげようか」なんて言われたこともあった。さすがに給料いただいてる身で辞退するしかなかったが。

どんな服を買っていいかわからなかったんだよ。
母に相談したらスーパーマルエツで1枚900円の白い化繊のブラウスをデザイン違いで3枚買ってきて「これを着なさい」というんだけど。
申し訳ないけど、一度も着なかった。
母も気づいて「なぜ着ないの」というけど。
「・・・・こんなの誰も着てない・・・」と、やっとのことで絞り出して口にした。

あー。もう、こんな生活いやなの。
その後、なんとか会社の近くで失敗しながらも服を少しずつ買えるようになって、それにともない社内での「変わり者」目線も減っていって。
ケチと言われないように必死だったわ。

今?自虐を楽しむのは好きなほうで。
笑いながら「ケチだからさ」って言ってるけど。
実は傷ついてたんだよね。
傷つきたくないから自虐に変換してたけどさ。

あーあ。退職後はパラダイスブログを書くつもりなのに。
書けたとしても、元々がこれじゃあね。

バケの皮、すぐはがれるだろうね。
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