感動で泣いた

音楽

きのうのフォル・ジュルネは3公演聴いたんだ。

最初が10時開演なのは意識してたんだけど、やっぱりギリギリになっちゃった。

余裕を持って着くような時間を手帳に書き込んであったけど、朝食の片付けを放っぽらかしてもその電車には間に合わなかった。

朝食にはコーヒーを飲んじゃったから、眠気防止用のエナジードリンクを保冷ボトルに詰め替えたのに、持って行くの忘れたー。

ま、早すぎも遅すぎもせず、ちょうどいい時間に席に着き。
最初は、3日にも聴いたアブデル・ラーマン・エル=バシャの、今度はピアノソロ。

こういう席。端っこだけど視界は素晴らしい

1曲めはショパンの舟歌、実はあまり期待してなかったというか正直に言うとがっかりに近い。
この曲、冒頭はいいけど、長すぎていつも集中力無くすんだよ。

・・・と思いながら、半ば渋々聴き始めたら。
え、退屈なのってこの曲じゃなくて子守歌のことだっけ。
ピアノの一音一音が、ものすごく美しい。コンサート会場ではよくある普通のスタインウェイ&サンズ、ピアノのせいじゃない。
左側、彼の背中側から観てたから注目してたけど、左足(弱音ペダル)は使ってない。
なのに、こんなソフトな音色が出せるのね。ソフトから一気にきらびやかな高音へ駆け上がる。

およそ10分、感動しっぱなし。
メガネを持ち上げて、ハンカチをちょっと押し当てた。

次の曲はショパン24の前奏曲。
これは24曲の中に有名な曲がいくつもあって、楽しい。
いつかサラ・オットちゃんの生演奏を聴いたことを思い出していたよ。
あれは、現代曲とショパンを交互に弾くという珍しい編成で、現代曲で眠ってショパンで意識を取り戻す、の繰り返しだったな。

この曲もね、いつもは有名な曲で生き返るけど、そうでもない曲は集中力をなくして考え事をしちゃう。
ところがところが、1曲たりとも考え事なんかできない。24曲全部、すてきな曲しかないじゃない!

ハンカチじゃ足りない。でもコンサート中に鼻をかむわけにもいかない。
天井の照明をみて、涙をのどに流したよ。
あたしのひとつ置いて先隣の女性なんか、ハンカチを顔に当てておえつをこらえてた。

鍵盤やペダルの操作を見たくて左側の席を選んだけど、右からエルバシャの表情を見てもきっと良かったと思う。
後ろから見ても、やりたいことが表情に表れているのが分かるもん。

曲のエンディングでは、最後の打撃三回は左手のゲンコツを使ってたよ。
沙羅・オットちゃんの時のブログでは「ダン・タイソンが右手で」って書いちゃったけど、後からググったら彼もゲンコツは左手だったようだ。
あたしの記憶違いだった。

次の、12時からの公演も、そんな感動を期待したんだけどね。

アンヌ・ケフェレック。お名前だけは、かねがね。
でも意識して演奏を聴いたこともなければ、写真さえ見たこともなかったんだ。
ただ有名だから見ておこう聞いておこうと思っただけ。
それとね、プログラムがみんな小さい曲ばかりで、知っている曲もいくつもあったから。

ステージに登場されて、初めて見た彼女は完全な白髪、でも豊かでふわふわでかわいらしいと言ったら失礼かしら。
マイクを持って、通訳さんも伴ってくれた。

小曲ばかりだけど、途中で拍手などしないで、曲から曲へお散歩するような気持ちで聴いてください、とおっしゃる。

まず、バッハ「来たれ異教徒の救い主よ」(オルガン曲)の、ブゾーニ編曲版から。

聞き覚えはある曲だけど、バッハのこういう深刻は宗教曲は申し訳ないが個人的に好みじゃなく。
集中力を、さっきのエルバシャで使い果たしてしまったのかも。
次のバッハは好きなタイプの、というか大好きなマルチェッロオーボエ協奏曲を鍵盤に編曲したもの。
なのに、「あれ、こんな曲だっけ」というほど、心に響いてこない。

次から次に、ほぼ休み無くバロックやショパンやフランス物が続くんだけど、何もかも上の空。

決してアンヌさんが悪いんじゃないと思う。
あたしのコンディションが整わない。かなりもったいなかった。

会場から出る人たちの会話「フランスの散歩ってずいぶん日本と違うんだね」って聞こえてきたのだけ、ちょっと印象に残った。

あと1公演聴いたのだけど、長くなったから明日に回すよ。

本日のオマケ

焼きかぶのナムル。かぶ2個使うつもりだったけど1個で十分だった。

厚揚げを買ったはいいがどうしよう。鶏肉の代わりになるのを思い出して、タッカルビにしたよ。キャベツもたっぷりあるし。あれ、いつものことだけどキャベツ溢れんばかりに入れたのに、どこへ行ってしまったの。

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